呼吸器外科医からのメッセージ

自分の手で患者さんを助けてみないか?

 外科と言えば真っ先に思い浮かべるのは胃腸外科を中心とした消化器外科であり、派手さで言えば天皇陛下の手術で脚光をあびた心臓外科、と思います。その中で呼吸器外科は比較的馴染みの無い存在で、医療関係者の人からでさえ“それ何?”、って聞かれることもあります。
 しかし実際には、日本人の癌死亡原因のトップである肺癌をはじめとして、多彩な疾患を相手にするメジャーな外科です。その魅力は何と言っても、“自分の手で病気を治して患者さんを助ける”、という外科の醍醐味を味わえるところで、呼吸器という命に直結する臓器を対象としていることから数ある外科各科の中でも最も専門性の高い分野です。
 是非、呼吸器外科の門をたたく若い人達が増えることを期待しています。

産業医科大学 田中 文啓 先生

呼吸器外科の魅力

 「呼吸器外科」というと少しわかりにくいのかもしれない。たとえば「循環器外科」というより「心臓外科」という方がわかりやすいようにも思うし、「消化器外科」というより「胃食道外科」、「大腸外科」、「肝胆膵外科」のほうがわかりやすいのかもしれない。それぞれ後者の方が表わす範囲が狭くなるが、その分理解されやすいようにも思う。筆者の施設である虎の門病院呼吸器センター外科では昨年は全身麻酔の当科の手術の507件のうち、60件が肺とは関係のない縦隔腫瘍の手術や胸壁腫瘍、胸膜腫瘍、癌性心膜炎に対する心膜開窓なので、447件が肺に対する手術ということになる。したがって約88%が肺に対する手術ということになる。「肺外科」といった方がわかりやすいのかもしれない。
 一般の人や、医学生、初期研修の人たちにはあまり知られていないように思うが、日本の呼吸器外科は世界の呼吸器外科をリードしている。欧米の人達だって肺癌になったら日本で手術を受けた方が治る可能性が高いと言っても過言ではない。たとえば、肺癌の手術を受けたために命を失ってしまう、「肺癌の手術死亡率」は日本では学会への報告がほぼ義務付けられているため、95%以上の施設からの報告があり、それを集計しても全体で0.4%であるが、アメリカでは強制ではない任意の報告を集計しても3%程度である。全体の成績は更によくないことが予想される。手術を受けたために不整脈になってしまう確率も我が国では1%に満たないが、アメリカでは20%以上であると報告されている。これも任意の報告の集計である。肺癌の手術後の病期(ステージ)別の長期生存率もそれぞれの病期で日本のほうが10%以上良好な成績を示している。
 もっとも、日本の呼吸器外科(肺外科)の実力は世界中で評価されている。肺癌の手術で郭清するリンパ節の部位を番号で表すが、これも基本を作ったのは以前国立がんセンターの副院長であった成毛先生が提唱した「Naruke Lymph Node Map」がもとになっていて、それを少し手直ししたものが現在でも世界中で使用されている。胸腺腫の進行度分類でも前の名古屋市立大学の教授で、現在もご健在の正岡先生が提唱した「正岡分類」が世界中で使用されている。
 移植以外の日常の手術手技を習得するために外国に出かけようとする日本の呼吸器外科医はほとんどおらず、外国に留学する目的は基礎研究の環境が整っているところで研究を行いたいとのことであることが多い。また、特にアジアの国々からは日本に手術の技術を習得するために外科医が集まってくる。私の施設は、大学病院ではないにもかかわらず、ここ数年で、中国、タイ、ベトナム、インドネシア、モンゴル、インドなどから2か月程度の期間で研修に訪れる外科医を受け入れた。手術の見学には韓国や台湾からも多くの外科医が訪れた。日本は呼吸器外科の分野では世界をリードする存在であると認識されているわけである。私自身も手術を教えるために呼ばれて、ここ数年の間に韓国とインドで1人ずつ、中国では20人近く、ベトナムで6人、香港で2人と肺癌の手術を実際にして見せて現地の外科医を指導した。もちろん日本の多くの施設の優秀な呼吸器外科医が、同じように外国に招待されて講演を行ったり手術を供覧したりして近隣の外科医の教育を担っている。私は今年の秋にはフランスで行われるヨーロッパの胸腔鏡手術の講習会に講師として呼ばれている。
 日常臨床を行っていても、世界最高水準の診療を行っているという誇りをもって患者に接することができる。
 呼吸器外科は、他の分野の手術と比較すると少し高度な技術を必要とする。肺自体はもろい臓器で、ピンセットで不用意につかむと破れてしまうし、末梢の肺動脈は人体の中では最も弱い血管である。持ったり、押したり、引っ張ったりするだけで裂けてしまう臓器は他にないし、剥離したり結紮したりしようとすると、血管が破れたり、血管の枝が引っこ抜けるような血管は他にはない。十分に練習することで手術できるようになる。できる外科医が大勢いる分野もそれなりの良さがあるかもしれないが、十分にトレーニングしないとできないことができるようになると、満足感は更に大きい。手術を終えた時の充実感も、患者さんが元気に退院された時の喜びも大きなものがある。
 呼吸器外科の分野は、誇りをもって、満足感や充実感を味わえる魅力的な分野である。若い人たちが興味を持ってこの分野に参入してくれることを期待している。

虎の門病院 河野 匡 先生

第41回日本呼吸器外科学会学術集会